おーたさんです。

まん防期間中はまん防を忘れてマンボを聴くのだ!
ともっともらしい理由をでっち上げて、
趣味のマンボ探しをしておりました。

今回の動画はカヴァー天国さんのアップされた動画をお借りしております。

昭和を代表する三人の歌姫

雪村いづみ、江利チエミ、美空ひばりのお三方が
ペレス・プラード楽団の伴奏で唄うという当時としては夢のような企画でしょう。

この動画の解説とスターだかフライヤーの画像から判断するに、
1956年の10月12日・13日・14日の3日間に渡って行われたステージの模様を
ラジオ東京(現在のTBS)が放送したものがたまたま発見され、
美空ひばりさんのビンテージ音源を集めたボックスセットの一枚として復刻されたものだそうです。

ペレス・プラード楽団でコンガをプレイしたという
余語丈範さんのブログにもう少し詳しく書いてありまして、
こちらのリンクをご覧ください。




やはり、ペレス・プラード楽団の初来日時の演奏だそうです。

また、ひばりさんは当時絶頂期にあったにも関わらず、
これが「舶来」の楽団との初共演だったとのこと。

まあ何しか、当時のペレス・プラード楽団の迫力ある演奏は聴き応えがありますね。

まずは、雪村いづみさんのパート。


「マンボ・バカン」もなかなかの迫力、
まあ、なんというか、マンボ・バカンはペレス・プラードの「Al Compas del Mambo」をなぞって作ったような曲のように思われ、ペレス・プラードにしてみれば勝手知ったる他人の曲のような感じだったのではないかと想像します。

珍しいのはエンリケ・ホリン楽団の「チャチャチャは素晴らしい」を伴奏していることです。

かつて、ペレス・プラードはチャチャチャが流行しているのを
「あんなもの、スローマンボじゃないか」と
言ったとか言わなかったとかという話をきいたことがありますが、本当でしょうか?

チャチャチャのサウンドにおいては主役級の存在感と思われる
ギロ(編成によってはフルートやバイオリンも)を常備していなかった
ペレス・プラード楽団の伴奏普通にマンボに聴こえますね。

ギロ抜きチャチャチャはマンボなのか?
個人的にはそうとは言い切れないと思います。

ペレス・プラードがやっているからこそ
これが紛れもないマンボサウンドになっているのだと言えます。

続いては江利チエミさんのパート。



「イスタンブール・マンボ」をペレス・プラード楽団が伴奏しています。

先日のオンエア「マンボファンが首をかしげるマンボ特集」で、
ムーンライダーズとどちらか、で迷って大滝詠一さんのカバーを選曲した
「イスタンブール・マンボ」の本家です。

ところが、この「イスタンブール・マンボ」の原曲は
マンボには全く関係なく、
カナダの男性グループ「The Four Lads」のヒット曲「Istanbul (Not Constantinople)」でした。



マンボが世界中で流行したことを受けて、
アメリカかどこかでマンボにアレンジされたバージョンを日本語化したものなのかと思いきや、

探し方が悪かったのか、
海外のアーティストが「イスタンブール・マンボ」をやっているのが見つからないのです。

「ニューヨークだって昔はニューアムステルダムだったんだ」

というちょっとナンセンスな歌詞を持つノベルティーソング(コミックソング)が、
日本でマンボの装いを得て江利チエミさんがヒットさせ、

さらに時代を経て大瀧詠一さんが、
ムーンライダーズがそれぞれ

想像力豊かにカバーするまでに至らしめるほどの
何やら刺激的なものを持っていたのか、
ということにふと思いを巡らせます。

そしてもう一曲の「お転婆キキ」は「ポルトガルの洗濯女」という曲で、
フランスのジャクリーヌ・フランソワが歌ったシャンソンが原曲です。



シャンソンが元曲ですので、
越路吹雪さんらのレパートリーでもあり、
江利チエミさんはこの曲を紅白で歌ったそうです。

ペレス・プラード楽団にとっては慣れない曲だったのか、
イントロから曲の入りにかけてなんか崩壊しかけたようにも聴こえます。

この曲のリズムはブラジルのバイアゥンでしょうね。

1950年代のはじめにブラジル内外で流行ったリズムですが、
本来のバイアゥンにはトライアングルがサウンドに特徴を与えている一方で、
ペレス・プラード楽団はバイアゥンらしさを出すのには苦労したのでは、と思われます。

もっともそこは何でも自分のサウンドに説得力をもって寄せてくるペレス・プラードの凄みを感じる部分でもあります。


そしていよいよトリの美空ひばりさんのパートです。



「Angelitos Negros(黒い天使)」はラテンのスタンダードと言われる曲ですが、
ペドロ・インファンテのオリジナルと、
ボビー・エンリケスが日本で録音したもの(!)くらいしか知りませんでした。

ひばりさんが歌っているということは当時日本でも人気のあった曲ということで間違いなく、
堂々たるスペイン語による歌唱です。

物の本によれば、
この曲のようなフラメンコ的な節回しを使ったボレロを「ボレロ・モルーノ」と言うそうです。

フラメンコは、アンダルシア地方がムーア人によって支配を受けていた時代の文化的な影響を今に伝える歴史の刻印でもあります。

さらにそれが海を超えラテンアメリカで、
アフロ=キューバとスペインの文化要素がくっついて…
という歴史ロマンの話にまで思いが広がっていきます。

アフロ=キューバという時点でもうスペインの要素は入ってはいるのですけどね。

そしてひばりさんのもう一曲は「セ・シ・ボン・マンボ」、
司会の人も触れていましたが、
ペレス・プラードが採り上げたシャンソンでは「セレソ・ローサ」とこの曲は双璧です。

フランスつながりでは、「巴里のアメリカ人」に影響を受けて作曲したと言われる「マンボ・デ・パリ」も傑作ですね。




そしてもう一曲司会者が言及していた
「スビイ・エン・パリ」は存在を知らなかったので調べてみたら、

サックスやブラスではなくてギターにリードを取らせる
ペレス・プラード楽団のレパートリーの中ではどちらかというと珍しいタッチの曲でした。




そしてステージの最後はペレス・プラード楽団による「タフワフワイ」、
こんなのもやってたのかと驚きましたが、

スタジオ録音もあるようでレパートリーにしていたんですね。




アメリカではトミー・ドーシー楽団が録音しており、
ビッグバンドのポピュラーなレパートリーでもあったのでしょう。

この森永提供のラジオ番組の貴重な録音は
ペレス・プラードのエンターテイナーぶりの一端を、
そして日本でどれだけバカウケしていたかを知ることができる記録の一つとして、
非常に楽しめました。

最後に宣伝です。
この音源は、こちらの3CDセットに含まれております。
自分も買いたくなりました。




今の所、毎日動画が増えている動画リスト「1日1マンボ」 はこちらです。
まん防の間はマンボに困らないようにするつもりです。

日々更新中の再生リスト「1日1マンボ」