おーたさんです。

アメリカのナッシュビルと言えば、カントリーミュージックの聖地としても知られますが、
音楽産業が盛んなことで有名ですね(医療が一番の産業だそうです)。

ナッシュビルでスタジオヴォーカリストを多数擁する
Ten Two Six Music Group の専属シンガーの方々が、

自宅でスマホ録画したものを組み合わせて
アカペラのクワイアーの音源に仕上げたものをアップしました。

It is well with my soulを聴いてみる

編曲はDavid Wise さんという、この会社のおそらく社長さんでしょうか。
東京ディズニーランドの音源の仕事もされたそうです。

そして、もうひとり、この会社のサイトで
リーダーとして紹介されている女性、

Laura Coocksey さんは、世界中のディズニーパークでその声を聴くことができるだけでなく、
ワーシップリーダーとして、Micheal W. Smith, Mandisa といった人たちのバックを務めたり、

Amy Grant, Andrea Bocelli などのアーティストのエミー賞にノミネートされた作品にも入っているそうです。

それで、この賛美歌か、と納得しました。

この曲について、ちょっと調べたことがあります。


この曲の元になった詩を作ったのは
Horatio Gates Spafford というアメリカ人です。

1828年に生まれた彼は有能な弁護士であり、
また、ホーリネス系の教会を支援していました。

1861年に結婚し、
長男を2歳で亡くした後、4人の娘に恵まれました。

ここまではまあ、順風満帆の人生でしたが、

1871年のシカゴ大火として知られる大規模火災で
投資していた不動産の殆どが灰になり、

さらに1873年の恐慌でも経済的に打撃を受けることになってしまいました。

1873年11月、家族のストレスを解放しようと、
彼は船でフランスへ家族旅行を予定していましたが、
土壇場でビジネスを立ち上げなければいけなくなり、
自分だけシカゴに残って後から合流することにしました。

1873年11月15日、
スパフォードの妻と、四人の娘を含む313名を乗せて
ニューヨークを出発した蒸気船ヴィル・ドゥ・アヴル号は、
同月22日、大西洋沖で帆船と衝突しわずか12分間で沈没、
乗客乗員を含む226人が命を落としました。

かろうじて助かった妻は、
イギリスより夫宛に
「私ひとり助かった」と打電したそうです。

直ちにスパフォードはイギリスに向かい、
船が四人の娘が亡くなった現場付近を通過した時、
彼の脳裏に浮かんだのがこの曲の歌詞でした。

私のこころは安らかです、と。

それを彼が書き留めておいたものを
後にゴスペルシンガーのPhilip Bliss が曲をつけました。

始めは沈んだ船の名前をタイトルにしていたそうです。

こうして150年間各地の教会で歌われる賛美歌が生まれたわけです。

この曲が出来た経緯はこうなんですが、
その後の話もありまして、それは改めて別の投稿にしましょう。

ナッシュビルのシンガーさんたちには感謝です!
こちらもがんばりますので、
ぜひともこの時期のりきっていただきたいです。